※こちらは後編です。前の話を読んでいないと意味が分かりませんのでまずは

 

「ある夢の話①」

 

をお読みください。

 

 

 

 

私が「シュッチ」と最後に話をしたのは、たぶん19かハタチか。

 

当時たまり場だったツレの家で年末、グダグダに飲んだくれていた時が最後だったと思う。

 

プライベートの私を知っている人には意外かも知れないが、私は10代で飲酒を卒業している(笑)

たぶん、10代の暗黒時代での苦行がトラウマとなっての卒業だろう。

 

ともかくも、19かハタチか。

 

それを最後に私がシュッチの姿を見たことは無く、風の噂では全国へ武者修行に出かけたと聞いていた。

とどのつまりバイクで諸国を放浪しつつ、アルバイトで生計を立てていると聞いていた。

 

 

当時東京でサラリーマンをしていた私は、そんなシュッチを羨ましく思った事を覚えている。

 

 

次は恐らく20代半ばころ、シュッチに関するまた別の噂話が、私の耳に入ってきた。

 

 

 

 

そろそろ東京に戻って落ち着こうと思う。

でもその前に、海外も色々見てみたい。

 

 

 

そうやってお袋さんに連絡したのを最後に、数年間行方が分からなくなっているのだという。

ギリシアにいるとの連絡が入ったのが最後だったそうだ。

 

 

 

当時は今とは違い、LINEが無い時代。

海外からの電話は金が掛かるからと、日本とのやり取りにFAXなんかを活用していた時代だ。

 

 

日本に居たお袋さんもヤキモキしながら、連絡を待つ日が長く長く続いたのだと思う。

 

 

そしてまた、時間は流れ。

 

 

たぶんあれは20代後半くらいの時だったと思う。

シュッチと一番仲の良かったであろう友人から、私の元に連絡が入った。

 

その頃の私は既に結婚をしていたし、サラリーマンを辞め実家の稼業で忙しくしていたころだ。
申し訳ないがシュッチのことは、遠く記憶の片隅へ追いやってしまっていた。

 

 

 

 

大使館から連絡があって、シュッチ、ギリシアで見つかったってよ。

時間も経ったことだし、一応お別れ会的な事はするみたい。

 

 

 

 

 

え。

ウソだろ?死んでたの?

 

 

 

 

「大きなグループ」で見れば端と端で緩く繋がっていただけの友人。

そのまま知らずにいたら、私の中では一生涯「ただ会わないだけ」で済んでいた友人の死が、明確になった。

 

 

1台の車に数人で乗り合わせ「お別れ会」に向かった車中では流石に空気が重かったが、会場に着くとそこはまるで同窓会。

またシュッチの人柄やキャラもあってか、若年の葬儀にしては特異と言って良いほど笑いに包まれた会となってしまった。

 

 

 

いや、アイツさぁ、あの時マヂでヤバかったらしくてさ。

ホント真面目な顔して●●●●●一緒に行ってくれないかって?マヂでさ!

 

うはは!マヂでぇ!?
いや、あの時もさぁ・・・



高校、大学の友人たちも来ているなかで、本当に不謹慎ながら地元の連中のテーブルはシュッチの昔話で大盛り上がりの大爆笑(笑)

 

 

こう見えて気を使いしぃの私はお袋さんの方を折につれ気にかけたが、自分の知らなかった息子の一面を知ったり、

また息子と同世代の私たちが、まるで息子のようにも思えたのだろう。

 

終始優しく優しく、笑いながら私たちの話に付き合ってくれた。

そんなお袋さんがひとしきり笑い、その笑顔を少しだけ曇らせながら、テーブルに居た私たちにこう言った

 

 

でもね、数年経って、もうダメかもと思っても、あの子のことだから。

ただいまー!

っていけシャアシャアと、青い目の子供と奥さんと、帰ってくるかも知れないってね。

ずっと待ってたんだけどね。

 

 

 

あの時のシュッチのお袋さんの、なんとも表現できない悲しい笑顔を、たぶん私は生涯忘れない。

たぶんに烏滸がましいが、人の親となった今はこの時のお袋さんの笑顔の意味も苦しみも。

本当に本当に少しだけだけど、理解できるような気がする。

 

 

 

そんな、シュッチのお別れ会からも、気づけばもう20年近く経ってしまった。

 

 

当時結婚したばかりだった私にも子供が出来、

気づけばその子供達すらも、私とシュッチが過ごした青春を通り過ぎようとしていた。

 

 

 

そんなある日。

 

 

 

2020年 6月15日

 

 

その前年の暮れに武漢を発祥としたコロナウィルスが全世界を席捲。

猛烈な勢いで世界経済を破壊していた。

この頃の私はといえば、特にまだまだレジデンスの方には影響が無く、

世界が壊れて行くのをただただ見つめていた。

 

そんな中、地元のツレから突然にメッセージが入った。

日付を見てみると、なんと4年ぶりに入ったメッセージだった。

 

 

 

 

 

よしゆき、ご無沙汰。●●。

シュッチの実家の連絡先とか知らないよね?

 

 

                     お疲れさーん!ずいぶんと久しぶりやね。

                     いや、シュッチの実家かぁ~知らないな~。

                     どうしたの??

 

 

いや、夢に出てきやがったw
墓参りでも行ってやろうかと思ったが

墓が分からねーw

 

 

                     おお!?マヂか!?w

                     ちょっと探してみるよ。

                     そういう事ならば俺も行きたいから。

 

 

※ホボ原文ママ

 

 

地元で長い事商売をしていたせいか、自慢では無いが情報網は厚い。

こんな感じの「誰ソレのこと知らねー?」という相談は比較的多く受ける。

この時、正直を言って全く心当たりが無かったのだが、散歩の途中でふと思い当って訪ねた友人宅でシュッチの話になり、

期せずして霊園の名前までは判明したのだ。

 

しかし、なんと私はココで立ち止まってしまった。

 

霊園の名前までは判明したのにも関わらず、先の友人にメッセージを返すことを怠ったのだ。

たった数分指を動かせば済むはずのことを、怠ったのだ。

 

言い訳をすればキリがない。

緊急事態宣言以降、コロナは店舗物件を直撃し、私自身は空き店舗を埋める事に忙殺をされていた。

 

忙しい。

とは、心を亡くすと書く。

 

この時の私は正にそれで、すっかりと自分の事で頭が一杯になってしまっていたのだった。

 

そして、時は再び・・・

 

 

 

2021年 1月26日

 

 

今度は私が、シュッチに笑い起こされた。

 

 

 

 

おいおい、アレからもう半年過ぎちゃったんですけど?

 

 

 

ハイハイ、分かりましたよ。

ごめん俺が悪かった!

 

 

 

強烈な起こされ方をしたが、それは本当に忘れていた私が悪い(笑)

私は枕元のスマホを起動すると、すぐにツレにメッセージを打った。

 

 

 

 

 

 

●●、ご無沙汰してます!

今朝、俺のトコにも出て来たよシュッチ(笑)
どんだけやねん(笑)

偉く儲けた社長さんでさ、儲けた金で地元に金の大仏を建立してたよ。

ウケるwww
で、どうやら●●霊園に墓があるって話なんで、今度皆で集まって行こう!

 

 

 

 

 

何人集まるか分からないけど、また集まってワイワイとシュッチに会いに行こう。

人と人が距離を置かざるを得なくなったこんな世の中で、もしかしたらシュッチは、

それを寂しく見ているのかも知れないから。

 

 

まぁだからって、金の大仏はねーよなぁwww

 

 

 

 

 

(image)

 

 

 

 

ある夢の話 完

 

 

 

 

 

 

 

 

シュッチ

 

もうそろお盆だけど、もう分かったからさ。

まだ遊びに行けてないけど、もう分かったから。

年末までにはきっと遊びに行くよ。

だから、来なくていいからな(笑)

 

 

 

 

 

 

 

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